京都地方裁判所 昭和58年(行ウ)35号 判決 1985年3月27日
京都市左京区下鴨南茶の木町一六番地二
原告
野村喜久枝
訴訟代理人弁護士
高田良爾
京都市東山区馬町通東大路西入新シ町
被告
東山税務署長
伴恒治
指定代理人検事
高田敏明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
被告が、昭和五七年三月五日付で原告に対してした、原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分(以下本件係争年分という)の所得税更正処分(以下本件処分という)中、昭和五三年分の総所得金額が一〇二万八五六〇円、昭和五四年分の総所得金額が一三一万二五〇〇円、昭和五五年分の総所得金額が一三二万六九二〇円をいずれも超える部分を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決。
二 被告
主文同旨の判決
第二当事者の主張
一 原告の本件請求の原因事実
1 原告は、京都市東山区花見小路新橋西入 八百伊ビルで「キク」という屋号で料理飲食店を営んでいる。
原告は、本件係争年分の確定申告をしたところ、被告は、昭和五七年三月五日付で本件処分をした。原告は、本件処分に対し、異議申立て、審査請求をしたが、その経過と内容は別紙1記載のとおりである。
2 しかし、本件処分は、次の理由で違法であるから、取消しを免れられない。
(一) 被告の部下職員は、原告に対する税務調査の際、第三者の立会を認めず、理由の開示をしなかった。したがって、本件処分には、手続的瑕疵がある。
(二) 被告は、本件処分をするについて、原告の総所得金額(事業所得金額)を過大に認定した。
3 結論
原告は、被告に対し、本件処分中請求の趣旨第一項掲記の金額を超える部分の取消しを求める。
二 被告の答弁
本件請求の原因事実中1の事実は認め、2の主張は争う。
三 被告の主張
1 被告の部下職員は、昭和五六年一〇月二六日以降四回にわたり原告方に赴き、原告に対し原告の申告した所得金額の計算内容を明らかにするよう求め、所得計算に関する帳簿や資料の提示を求めたが、原告は、これに応じなかった。そこで、被告は、原告の所得金額を実額で把握できず、やむを得ず反面調査のうえ本件処分をした。
被告の部下職員が、本件調査に際し税理士資格のない第三者の立会を認めなければならない根拠はなく、調査理由の開示は調査を行う上の要件ではない。
2 原告の本件係争年分の事業所得金額について
(主位的主張)
原告の本件係争年分の事業所得金額は、別紙2記載のとおりである。以下に分説する。
年分 被告の主張額(円) 本件処分額(円)
昭和五三年分 三〇六万七六三四 二七五万一五三七
昭和五四年分 五三八万八〇九〇 四五二万九五七三
昭和五五年分 三三九万六八〇九 二二八万五七五四
(一) 別紙2の<2>酒類仕入金額
原告の本件係争年分の酒類仕入金額は、次のとおりである。
昭和五三年分 一六八万八〇四九円
昭和五四年分 二六四万九五六八円
昭和五五年分 一六六万六二八二円
(二) 同業者の選定
(1) 抽出方法
大阪国税局長は、原告の本件係争年分の事業所得金額を算出するため、被告及び中京税務署長に対し、京都市東山区祇園、同市中京区木屋町付近で、それぞれスタンドバーを営んでおり、青色申告書を提出している者であって、酒類仕入金額の照会に対する回答が昭和五七年一二月三一日までに得られた者の中から以下のイないしホの条件をすべて満たす同業者を抽出するよう通達指示したところ、昭和五三年分については一四名、昭和五四年分については一四名、昭和五五年分については一二名の同業者をえた。これらを整理したものが、別紙3の1ないし3である。
イ 年間を通じて事業を継続して営んでいる者であること。
ロ 他の事業を兼業していない者であること。
ハ 事業専従者がいない者であること。
ニ 酒類仕入金額が昭和五三年分及び昭和五五年分については年間三四〇万円未満、昭和五四年分については年間五三〇万円未満の範囲内にある者であること。
ホ 本件係争年分の課税処分につき、不服申立て又は訴訟を提起していない者であること。
なお、ニの酒類仕入金額は、原告の酒類仕入金額の二倍までとしたものである。
(2) 推計の合理性
右同業者は、原告と事業地域、事業規模等の点において類似性があるから、原告の所得を推計する基礎としては適当であり、また右同業者は青色申告者であるから、その金額等の算出根拠となる資料はすべて正確なものである。
また、右同業者の抽出過程は、大阪国税局長の発した前記通達指示に基づくものであって、抽出にあたり課税当局の恣意が介入する余地は全くなかった。したがって、右同業者との対比によって推計することには、合理性がある。
(3) 同業者の検討
被告は、別紙3の1ないし3の同業者中、更に次の条件を満たす同業者を抽出し、これを整理したものが、別紙4である。
<1> カウンターが主体の営業であること(ボックス席が一席以下の者)。
<2> 従事員数が年間を通じて三ないし四名程度であること。
(三) 別紙2の<1>売上金額
原告のような業種(スタンドバー又はスナック)の場合、酒類の仕入金額と売上金額との間には、密接な相関関係があるから、別紙4記載の同業者の酒類仕入率を適用して原告の本件係争年分の売上金額を推計することには、合理性がある。
年分 酒類仕入金額(円) 酒類仕入率% 売上金額(円)
昭和五三 一六八万八〇四九 一三・九〇 一二一四万四二三七
昭和五四 二六四万九五六八 一二・五一 二一一七万九六〇〇
昭和五五 一六六万六二八二 一二・一九 一三六六万九二五三
(四) 別紙2の<4>経費
原告の本件係争年分の経費は、別紙4記載の同業者の経費率を適用して算出したものである。
年分 売上金額(円) 経費率% 経費(円)
昭和五三 一二一四万四二三七 七四・七四 九〇七万六六〇三
昭和五四 二一一七万九六〇〇 七四・五六 一五七九万一五一〇
昭和五五 一三六六万九二五三 七五・一五 一〇二七万二四四四
(予備的主張)
原告の本件係争年分の事業所得金額は、別紙5記載のとおりである。
年分 被告の主張額(円) 本件処分の額(円)
昭和五三年分 三八四万四七〇五 二七五万一五三七
昭和五四年分 六〇七万一八一三 四五二万九五七三
昭和五五年分 三三六万三六六四 二二八万五七五四
この計算には、別紙3の1ないし3記載の酒類仕入率及び経費率を適用した。なお、その計算方法は、主位的主張の方法と同じである。
3 まとめ
以上の次第で、被告のした本件処分には、原告主張の手続的瑕疵はないし、原告の事業所得金額を過大に認定した違法はない。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 被告の部下職員が、原告方に税務調査のため来たことは認めるが、所得計算に関する帳簿や資料の提示を求めたことは争う。
2 被告主張の原告の本件係争年分の酒類仕入額を認める。
3 原告のような業種は、酒屋のように酒類を販売する業種ではないから、酒類仕入率を適用して売上金額を推計することには合理性がない。
4 被告は、同業者を絞る条件としてカウンターが営業の主体であることと従業員の数とを挙げているが、原告のような業種は、ビール、ウイスキーの値段の類似性が決定的に重要である。被告は、この点を全く考慮していないから、同業者には、類似性がない。
5 被告は、予備的主張の平均酒類仕入率、平均必要経費率を算出するため、訴外称次金孝子(当庁昭和五八年(行ウ)第一八号事件)と同じ同業者を利用している。しかし、称次金孝子は、ミニクラブを営業しており、原告は、スナックを営業しているのであるから、同じ同業者を使用することは、矛盾している。
なお、原告の店舗は、一〇坪で、カウンターには椅子が八個あるいわゆるスナックであって、客二人オールド一本で約一万二〇〇〇円位の値段である。
第三証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。
理由
一 本件請求の原因事実中1の事実は、当事者間に争いがない。
二 被告のした税務調査の違法性について
本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、本件税務調査に、原告主張の違法があったことが認められる的確な証拠はない。
したがって、原告のこの主張は、採用しない。
三 原告の本件係争年分の事業所得金額について
1 原告の本件係争年分の酒類仕入金額は、当事者間に争いがない。
2 同業者の抽出
証人西岡達雄の証言によって成立が認められる乙第三、四号証の各一、二や同証言によると、大阪国税局長は、同業者を選定するため、被告主張のイないしホの条件を設定して、東山税務署長、中京税務署長に対し一般通達を発し、被告が、その回答をまとめて整理したものが、別紙3の1ないし3であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
成立に争いがない乙第五号証や原告本人尋問の結果によると、原告は、本件係争年を通じ、カウンター中心で、従事員三名位で営業をしていたことが認められる。
そこで、被告は、同業者中カウンターを中心とした、従事員が三名である同業者を更に絞り込んで抽出したところ、別紙4の同業者四件がえられた(当裁判所が真正に作成されたものと認める乙第六号証の一ないし五や弁論の全趣旨によって認める)。
3 同業者四件の分析
この同業者四件の本件係争年分の酒類仕入率、算出所得率、経費率及び所得率を算出したものが、別紙6の1ないし3である。
別紙6の1ないし3の各率を相互に対比したとき、著しい開差がない(もっとも、別紙6の3の記号15の所得率が低いが、次表のとおり本件係争年分の平均酒類仕入率、平均経費率に極めて類似性があるから、この低いことが妨げにならない)。
年分 平均酒類仕入率 平均経費率
昭和五三 一三・九〇 七四・七四
昭和五四 一二・五一 七四・五六
昭和五五 一二・一九 七五・一五
したがって、同業者四件は、原告と同じ営業を同じ規模で営む類似同業者であるといわなければならない。
4 原告の主張に対する判断
原告は、酒類を顧客に提供して収益を挙げることを業としているのであるから、酒類仕入率によって売上金額を推計する方法には、合理性があるとしなければならない。
原告は、売上金額を推計するにつき、ビールやウイスキーの販売価格の類似性が不可欠であると主張しているが、前述したとおり、同業者四件に類似性がある以上、本件では、更にビールやウイスキーの販売価格の類似性まで要求する必要はない。
原告は、称次金孝子の推計課税に用いられた同業者と同じ同業者を本件でも用いていることを非難しているが、称次金孝子に用いられた同業者のうち原告と類似性のある同業者四件によって本件の推計をしたことが、格別本件の推計を不合理にするものとはいえない。
5 事業所得金額の計算
原告の本件係争年分の酒類仕入額について、当事者間に争いがないから、これを基として、同業者四件の平均酒類仕入率、平均経費率を適用して原告の本件係争年分の事業所得金額を、被告主張の方法で計算すると、別紙6の1ないし3の裁判所の認容額欄記載の<7>所得金額になることは、計数上明らかである。
6 まとめ
本件処分の事業所得金額は、当裁判所の認容額以内の額であるから、本件処分には、原告の事業所得を過大に認定した違法がないことに帰着する。そこで、当裁判所は、被告の予備的主張の判断をしないことにする。
年分 裁判所認容額(円) 本件処分の額(円)
昭和五三 三〇六万七六三四 二七五万一五三七
昭和五四 五三八万八〇九〇 四五二万九五七三
昭和五五 三三九万六八〇九 二二八万五七五四
四 むすび
被告のした本件処分には、原告主張の手続上の瑕疵が認められる証拠がないし、原告の事業所得金額を過大に認定した違法がないから、原告の本件請求を失当として棄却し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 古崎慶長 判事 小田耕治 判事補 長久保尚善)
別紙1
申告・更正等の経過
<省略>
別紙2
事業所得金額の計算
<省略>
別紙3の1 同業者率の計算(昭和53年分)
<省略>
別紙3の2 同業者率の計算(昭和54年分)
<省略>
別紙3の3 同業者率の計算(昭和55年分)
<省略>
別紙4
同業者率の計算
<省略>
別紙5
事業所得金額の計算
<省略>
別紙6の1 同業者率の計算(53年分)
<省略>
別紙6の2 同業者率の計算(54年分)
<省略>
別紙6の3 同業者率の計算(55年分)
<省略>